全国支院だより 全国の支院よりおたよりが届きました。

岡山念法寺 外観写真

岡山念法寺

岡山念法寺は、「晴れの国・
おかやま」の呼び名の通り、
いつも明るく、にぎやかな子ども
たちの声にあふれたお寺です。

岡山念法寺は、のどかな風景が広がる岡山市郊外の田園地帯にあります。

岡山市街の中心部から北へ約5km、山陽自動車道の岡山ICを出てすぐのところに岡山念法寺が建っています。遠くに山がそびえ、マスカット畑などの美しい田園がお寺の周りに広がります。

来年、創立55周年を迎える、岡山念法寺

岡山市は中国・四国を結ぶクロスポイントとして発展してきた岡山の中心都市です。市街中心部には岡山城や日本三名園のひとつ後楽園を擁し、全国から多くの観光客が訪れます。岡山といえば、桃太郎に吉備団子。JR岡山駅前には立派な銅像が建っています。また、岡山は日照時間が長く、雨の少ない地域であるため「晴れの国・おかやま」と呼ばれ、瀬戸内の温暖な気候により、白桃やマスカットなどの高級フルーツの産地としても名が知られています。

岡山念法寺は、不動教会をつくり、人心を導くことを生業(なりわい)としていた沼本りん氏が念法眞教と出会い、入信したのがはじまりです。いわゆる「お不動さん」を信仰していた沼本氏は、念法に真の教えを見出し、不動教会の信徒に宗旨変えを告知。昭和34年3月に岡山島田念法布教所を開設しました。
翌年には、開祖親先生が初親教に訪れ、かつての不動教会の信徒も親先生のご法話に接して歓喜の涙を流し、大勢が入信しました。そして昭和44年に岡山島田念法教会となり、親先生から「直現」の法名を頂いた沼本師が初代教会長に任命されました。

その後も親先生のご親教のたびに信徒が増加し、道場が手狭になったことから昭和53年、現在の地、岡山市内の栢谷(かいだに)に新道場を建設。さらに昭和56年3月29日には親先生ご臨席のもとに新道場落慶法要が盛大に奉修され、ご親教も行われました。これが親先生の岡山最後のご親教となりました。

  • ▲JR岡山駅前に建つ桃太郎像
  • ▲岡山島田念法教会の前で、笑顔の親先生

地元の催しへの参加などで地域に溶け込む、岡山念法寺

岡山念法寺では、日頃から地域の皆さんとのふれあいを通じて、住みよい世の中づくりに努めています。枠にはまらず、もっと地域に開かれたお寺に・・・との、井平良道住職の思いもあって、積極的に地域の活動に参加しています。

例えば、年に2回、町内会の清掃活動にお揃いの念法ポロシャツを着て参加しています。また、夏休みのラジオ体操の場所がないと知るとお寺の境内を提供。朝からたくさんの子どもたちで賑わいます。
なかでも、地元の夏祭りに岡山念法寺として「ホルモンうどん」の屋台を出店し、評判になりました。今年で4回目になりますが、念法の「ホルモンうどん」はいつも人気で、すぐに品切れになるくらいです。こうした日頃からの地域の皆さんとの交流で、最近では「念法さん、念法さん」と声をかけていただけるようになりました。また、ご近所の農家さんからは、お供えとしてマスカットをいただくなど、地域に溶け込んだお寺として親しまれています。

  • ▲いつも明るい信徒に囲まれて
  • ▲地元の夏祭りに参加した「ホルモンうどん」は大人気

子供からお年寄りまで集い賑わう、楽しいお寺

岡山念法寺の本堂に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、壁一面に飾られた手作りの巨大な切り絵アートです。季節ごとにテーマを決めて、信徒の皆さんが力を合わせて作っています。

信徒が集まると、いつも冗談が飛び交い、賑やかな笑い声がお寺に広がる岡山念法寺ですが、特に子どもたちにとって楽しいお寺づくりに努めています。定期発行している「念法だより」とは別に、「子どもしんぶん」を発行しています。また、旦那会では、子どもたちと一緒に竹とんぼや凧など、昔の手作りの遊びを教えたり、お餅つきやクリスマスパーティなどを開催し、子どもたちや親御さんたちも積極的に楽しんでいます。

また、若い世代の人たちの勉強会も実施しており、親先生の教えの継承にも力をいれています。子どもからお年寄りまで、いろんな世代の人たちが集い賑わう、そんな楽しいお寺になればと思います。

  • ▲子ども向けの新聞も定期的に発行
  • ▲お寺には、いつも子どもたちの笑顔が

更新日付:2013/09/20

プロフィール

住職:井平 良道(いひら りょうどう)

岡山念法寺
住職:
井平 良道
(いひら りょうどう)

メッセージ

〒701-1144
岡山県岡山市北区
栢谷1595-1
TEL:086-294-4503 MAP
ご親教を終えて、親先生をお見送りする信徒の皆さん


護摩供の檜葉は
岡山で採れたもの
屋外での護摩供で使用される檜葉(ヒバ)。壇木が組まれた護摩壇の上から被せる、青々とした檜葉は、実は岡山の山から採取されたものなのです。
岡山県の北部、中和村(ちゅうかそん)の山の間伐材から伐採された檜葉は、信徒の手作業によって一つひとつ選り分けられ、心を込めて本山や北海道の支院に届けられています。
尊い布団の山 昭和37年頃のことです。当時本山では、特別な行事の時などは布団が足らないために貸し布団を借りていました。それをお聞きになった親先生が、それは不経済なことだといわれ、岡山ご親教の際に、「皆さん方の家に、いらなくなった綿や布があったら供養してください」とお話しなりました。すると、玉島教会では翌朝、早くも布団綿や座布団、シーツ、まだ新しい掛布団などが玄関に積まれていました。島田布教所でも同様、親先生が到着された翌朝からどんどん集まりました。
こうした綿や布を決まった寸法の布団として作り直すのは大変な作業でしたが、布を縫い合わせ、綿を入れ、シーツを掛けるなど、信徒が力を合わせてたくさんの布団が出来上がりました。
「成せば成る」「ものを活かして大切にする」・・・岡山の信徒は、布団の供養を通じて、多くのことを学びました。